ネットカフェと夏。
ネットカフェのあのねーちゃん、どうも僕に惚れていると思う。
駅前にあるその店には時々行くのだけれど、結構狭い店なのでだいたいバイトが一人で切り盛りしている。その店で働いているのを時々見かけるねーちゃんが、どうも僕に惚れてしまったようなのです。
その子は、年の頃は20代前半。すこしふくよかな感じで、ぱっちりした眼がとても印象的。少し茶色に染めたロングの髪の毛を、ポニーテールにしていて、それが店の紺のエプロンに割と合っている。僕はどちらかというとスレンダーな感じの方が好きなのだけど、その純朴な感じはなかなかに好感がもてる。
そんなねーちゃん、僕が店に入るとまぶしいぐらいの笑顔なの。入り口のドアを開けると、レジの裏で少し退屈そうにしていたその顔が、瞬間にたちまちぱって輝くの。これはもう確実に惚れられたね。帰り際におつりを渡す時なんかも、じっとこちらの眼を見てちょっとはにかんだりしてるもんな。つぶらなその瞳も、幾分かは潤んでいるように見える。間違いないね。これは絶対、好意持ってるよな。僕もいいとこ見せようと、「つりはいらねーぜ。」とか、言いそうになったもの。160円だけどな。
今、彼女は、僕に会えたその喜びと、緊張、そして自分の気持ちに戸惑っていると思う。「ああ、この人はもう帰ってしまうの。8時間プランにしてくれればいいのに。なんなのこの気持ち。私、恋してしまったのかも、、」
そんな彼女の気持ちの濁流を表すかのように、ねーちゃんの手からおつりの硬貨が僕の手にダイブしてくる。「こ、これ、おつりです。」勢いよくその160円がダイブしてくる。
みなさんも、正月に初詣行ったら、神社のお賽銭箱にお賽銭入れるじゃないですか。一年の願掛けして、「今年もいい年でありますように。世界が平和でありますように。ついでに、素敵な彼氏ができますように。」なんて祈ってお賽銭入れる。
大きな神社なんかに行けば、それこそ境内はアリのごとく人が溢れていて、今こそが商売チャンスといわんばかりに、本殿の前には馬鹿でかい即席の賽銭箱が設けられたりする。身動き出来ないほどの人ごみの中、人々は賽銭箱に向けてお金を投げ入れる。そこに込められた願いや想い、そんな気持ちを込めてお金を投げ入れる。日本では、古来から”あふれ出る気持ちをお金に込めて投げる”そういう伝統があって、これはとても神聖な行為、そう神事といっても過言ではないのです。
ちょうどそんな現象が、今、このネットカフェで起こったのだ。古きよき日本の伝統は生きていた。高みにある彼女の手から、神聖なその気持ち(160円)が、僕の手へとこぼれ落ちてくる。ナイアガラの滝のような落差で流れてくる。たぶん彼女はまだ、僕の手に直接触れる勇気がなかったんだと思うね。「勇気の出ない私の、バカバカ。」ちょっと内気な彼女が、今、精一杯勇気を振り絞った。これがその結果に違いないのだ。「届け、私の想い!」
彼女のこの気持ち(160円)をちゃんと受けとめて上げないと。
危うく手のひらから落ちそうになる10円玉。「やばい、、」咄嗟に反応し、親指の先で硬貨を捕まえて、でも、その焦りをおくびにも出さない僕。超クール。
彼女の瞳を見つめながら、「それじゃ。」その一言だけを残して、僕はその店を出るのでした。
外には湧き上がる入道雲、照りつける日差し、聞こえてくるセミの声、そして流れる汗。来たな夏。僕の夏、来たな、、、
、、、ミーン、ミン、ミン、ミーン、、
、、、ミーン、ミン、ミン、ミーン、、
、、というようにですね、何気ないあなたの日常の行動にも、逞しく妄想を抱く、想像力の豊かな人が世の中にはいるのです。微妙な感じの人と接する時には、ちょっとした行動や、コミニュケーションにも細心の注意が必要だと思いますよ、おねーさん。
なんだか、行動力のないストーカーみたいなことになってきて困る、、
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