富士山と僕6。
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「饅頭屋じゃないっての!!」
沸き上がる殺意。「元祖七合目」その言葉が僕を打ちのめす。さっきの所は「七合目」。今度のところは「元祖七合目」。どんだけ七合目好きなんだよ。「七合目は家だ!」「いやいや、そっちよりこちらの方が早くから名乗ってますから。」「馬鹿なことを言うな。家は、先々代から七合目でやってるんだ。」「ちょっと待て、その前からこっちが、、、」
、、いらないよ、そんな七合目争い。そんなに七合目に需要ないよ。
夜景やら、満天の星空やら、なぜだか登山している自分やらが楽しかったのは、ホントに最初だけで。息切れするたびに、5合目で食べたカレーうどん(800円)は戻って来るし、寒いやら、汗だくで暑いやら(プライスレス)。
引き返す勇気。そんな言葉が沸き上がる。
それにしても、どこだここは。

絶望的な思いで見下ろした麓の町の夜景。写真の写りも絶望的。
次が「真七合目」だったら帰ろう。そう心に誓う。
(つづき。)
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夏休みどうしようかな、、、、
飲みに行く位しかとくに用事もないよなあ。「もう、いっそのこと、家から一歩も出ないでも生活できるのか、試してみようか?」などとも思ったのだけど、そんなのはダメ人間のすることじゃないですか。今日日、幼稚園児だって「アメリカに行って来たの。」なんて空港でインタビューに答えていたりするのを見るし、逆に休みたくても休めない人も世の中にはいるわけで、この休日を有意義に過ごしたい。やっぱり夏休みらしい経験がしたいよね。いつもの日常ではない、なんだか特別なこと、この夏の思い出みたいのが欲しいものだ。そんなことをぼんやりと考えている内に思いついたのは、
、、、富士山でも登ってみようか、、
夕方、飲みに行く約束があったので、とりあえずリュックに雨合羽と長袖のセーターみたいのを突っ込んで家を出る。その日はそのまま知り合いの家に宿泊。
翌日、明らかに二日酔いの頭をさすりながら、新幹線の切符売り場へ。
「帰宅する途中だしな、行っちゃいますか、富士山。」
まあ、どこが最寄かもよくわからないけど、とりあえず新富士駅というのがあるわけで。やっぱ、ここだよな。富士山の最寄り駅。ノープランで切符を購入する。
んで、
新富士駅着。一応、山は見える。あれがたぶん富士山なんだよな?でも、ここ新富士駅は、新幹線のみしか通っていない、いかにも政治の力でできたような駅で、ここからあの山まで歩いていくのはありえない。明らかに明日までかかってもつかないぞこれは。
駅の脇にある『富士駅はこちら→』の看板を発見。しょうがないから、そこから富士駅まで真夏の炎天下を歩く。噴出す汗、うるさいセミの声。早くも帰りたくなるけど、帰る方向ももうよくわからない。途中、知らない人に「すいませんが、JRの駅はどこですか?」などと聞かれるけど、聞きたいのはこちらだ、どこだよここ。30分ぐらいふらふらして、ようやくJR富士駅に着。山は相変わらずすごく遠い。
ここで、いかにもそれっぽいリュックの人を見つけたので、「これは登山客だ。」と着いていくことに。身延線の富士宮駅で下車(20分ぐらい)。バスで新五合目へ(1時間ちょい)。意外と知らなくても、誰にも、グーグル先生にも聞かなくても着いちゃうもんだな。なんとかだけど、、。ちなみに、乗ったバスはベトナムからの観光客が9割で、とても日本国内とは思えなかった。「OH、、栄hdhkじぇっじおhじおっほっひえええ、、-」ベトナム人のテンションおそるべし。バスの中から頂上を見上げ、意外と近いじゃない。楽勝じゃない。そんなことを思っていた。この時はまだ。
*ちなみに、新富士駅からもバス一本で新五合目まで行けるんだけど、それを知るのは先の話。
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その扉は、突然に閉まった。
そこはまさに境界線上で、その扉がいつか閉まることはある意味必然であったのかもしれないけれど、そのあまりにリアルな現実は、僕を激しく打ちのめした。そんなこと想像もしなかった。まるでこの世のすべて、生きとしいけるすべての者を憎み、そして拒絶するかのようなその古ぼけた木の扉に。
目の前にそびえる扉はまだ完全に閉じてしまったわけではなくて、そこにいくばくかの隙間が残ってはいたけれど、そのことはその時に僕にとって、救いにはならなかった。むしろわずかに開いた隙間から差し込む光が、内と外とのコントラストを明確にして、余計に絶望感が深くなっただけだ。僕はその内側でしゃがみこんだ。
分かっていたはずだ。生きることは苦難を背負って歩くことで、それは苦しみを受け入れることだと。所詮、希望など存在しないのだ。そうそんなものは、すべて人間の願望や欲望、それらが生み出した妄想に過ぎない。そんな冷たい現実。
どこかで必死に忘れよう捨て去ろうとしたものをつきつけるかのように、僕の体はジンジンと痛んだ。
そう、これが僕の現実だ。
薄暗く狭い部屋の中で、僕はただただうずくまって。ただただその痛みに耐えるしかなかった。張り裂けそうな、絶望の海の中で。
、、、
つまり、
便所の扉がバーン。
僕の指もバーン。
すごい痛みでガーン。
、、、夏だね。
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夏休みどうしようかな、、、、
、、
「家から一歩も出ないでも生活できるのか、試してみよう。」
などと思い始めてる自分が怖い。
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ザー!ひゃあー!
気だるい夏の昼下がり、事件は起こった。職場にて、昼食後の猛烈な眠気に襲われた僕は、机の前でうつらうつらと夏のアンニュイな午後を満喫していたのだけど。ほら、あんまりそんなことやってると、夏休みどころか、「僕はね、仕事がずっと休みなの。」みたいなことに成りかねないじゃない。前の職場を辞めた理由が、”昼寝で解雇”とかなったら、どんだけダメ人間なんだよと。そんなわけで、仕事している風を装う為にも、とりあえず眠気ざましにトイレに行った。いそいそとチャックを下げ、オシッコをしようとする僕に、その悲劇は訪れたのだ。
ザー!ひゃあー!
便器に向かって至高の一時へ。「さあ、これからするぞ」と、社会の窓を開き、トランクスを掴んだ途端、縦にザー!って。トランクスが縦にザー!って。
、、、トランクス裂けた。
たぶん、旧約聖書の出エジプト記で海を割った、あのモーゼだって、ここまで鮮やかではなかったと思う。こうもいきなりではなかったと思う。おそらくクライマックスを前に、いろいろと前フリがあったと思うのですよ。
祈っても目の前の海はなかなか割れなくって、引き連れて来てやった民衆共は周りで騒ぎ出すし、彼らを追うエジプト軍はどんどん背後に迫って来る。もう明らかにヤバイ。「この海が本当に割れるのかよ。大丈夫か俺。」モーゼ、大ピンチ。
周りの人達も、そんな彼の心の葛藤を見抜いたかのように「お前、本当に割れるのかよ。海だぜ海。」「苦し紛れに、適当言ってんじゃないの。じいさん。」「とっとと割れ。いいから割れよ。」「ムリムリ。割れっこないだろ、常識的に考えて。」
その横では、近所のボケたじいさんが、何を思ったか急に卵を割り始めたりして。「割れたぞ、皆の衆見ろ。ワシが割ったんじゃ。ワシがこの卵を割ったんじゃ。」「ハイハイ、おじいちゃん分かりましたから、こっちで静かにしていましょうね。」「みつ子さん、見てくれ、わしが鮮やかに割ってやったんじゃ。アレキサンドリアの暴れん坊といわれたワシの手にかかれば、この卵も見事にこの通りなのじゃ。」「ハイハイ、分かりました、分かりました。すごいですね。」
民衆の刺す様な視線と、彼に対する否定的な意見の中で、信仰が揺らぎかかるモーゼ。「いや、信じるんだ、神を。そして自分の信仰心を。」挫けそうになる心を必死に奮い立たせ、神様にただただ祈る。無心で、そう子ヒツジの様に無心で。神は疑いの心を持たず、純粋にその存在を信じ、その教えを守る者を助けたもうのだ。
瞑想が深みに到ると共に、周りの喧騒は自然と遠ざかり、自己の精神の海の中でただただ偉大なる主にその身を捧げるモーゼ。自己の損得など関係なく、ただただ主に帰依する。その気持ちだけで心が満たされた時、奇跡は起こった。
目の前の海が、巨大なその海がついに2つに割れたのだ。
ザー!
「やった、助かった。俺達は助かったぞ。」「よかった。やほーっ!」「行くぞ、新たな土地に。」歓喜に騒ぐ民衆の群れの中で、モーゼは一人静かに神に感謝するのでした。
、、、
で、何の話だっけ?
そうそう、トランクス。だいたいこんな風に苦難やら葛藤やら、いろいろな前フリがあって、それをふまえて劇的なクライマックスがくるものなのに、もう、いきなりですよ。アンニュイな夏の午後、そんな職場のトイレで、僕のトランクスはいきなりザー!。情緒も何もあったもんじゃない。4月に日本シリーズが始まるぐらい、ありえない。
驚いて「ひゃあー!」って言った瞬間、隣のおっさんがぴくっと反応してたけど、あれは明らかに僕が漏らしたと思っているもんな。「こいつ、やりやがったな。」と思っているに違いない。便器の前で、入ってきたばかりの隣の人が「ひゃあー!」なんて言うのは、まずギリギリアウトか、途中で手が外れての大暴走しかないわけで、真昼間からトイレに間に合わずに大惨事なんて、ほんと小学生でもしないよ。
でも、独り言風に、「あーあ、トランクス裂けちゃったな。裂けちゃったな、トランクス。」なんて明らかにいい訳くさい。だいたい普通はトランクスって、そんなに裂けないじゃない。そんな僕の苦難を尻目に、隣のおっさんは出て行ってしまったのでした。便器に向かって動けない僕は、泣く泣くその背中を見送った。
そんなわけで、おしっこする用の本来のスリットの横に、第2のスリットが突如として登場した僕のトランクス。前面に並ぶ2つのスリットのせいで、もうぼろぼろの布切れみたいになってしまったトランクスだけど、ちょっと待て。ここにも何かしらの意味があるのかもしれないぞ。そうだ、ここには、何やら大きな意志の力が働いて、高貴なる存在からのメッセージが込められているに違いないのだ。
そう思うことで、挫けそうになる心を必死に奮い立たせる僕なのでした。この苦難や葛藤の経験が、そしてなによりこの第2のスリットこそが、きっと、これから先に万が一のことがあった時、僕を救ってくれるはず。そうに違いないのだ。良かった2つ目のスリット。ありがとう、そしてこれからもよろしくな、2つのスリット入りトランクス。
で、机に戻って冷静に考えてみたんだけど、万が一のことって?
、、、ちんちんが2本になった時とかかな、、、
家に帰って、トランクス捨てた。
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台風5号(うさぎ)は九州を縦断中。
、、、
「記述は正確に。5号だけじゃなくて、うさぎです。うさぎって、ちゃんと並列表記してもらわないと困りますよ。分かってるんですか?これはねえ、あの台風委員会で決められてるんです。ルールなんですよ、ルール。これでアジアの人々の防災意識が高まるんです。ええ。」「いけてる、うさぎって、いけてるよ。うさぎタン、、ハアハア、、」「あなたは、アジア文化の尊重、相互理解の強化、連帯の強化という、この台風委員会の崇高な目的に異を唱えるつもりですか?」「すごくよくねー。うさぎってかわいくねー。」「そこのとこ、分かってるんですか!!」
なんかいろいろと圧力でもあるのかな?それとも意地?いろいろな人々の思いを乗せて、うさぎは行く。台風は台風だしね。願わくば、該当地方の人に被害が出ませんよう。
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この前の日記を書きながら、ふと思った。ようやく自分で気がついたのだけど、
どうやらポニーテールフェチのようだな、僕は。
特に、夏と言えばポニーテール。ポニーテールと言えば絶対に夏。もうこれは、夏の季語と言ってもいい程で、一説には、町娘のポニーテールに惹かれた松尾芭蕉も、ポニーテールが何文字になるかで悩み、泣く泣く俳句に出来なかった、と聞きます。照りつける日差しの中、額に汗する女の子の後ろで揺れるポニーテール。そこには、魔力があるとしか思えない。
だからこの季節、僕はポニーテールの子を見ると、「まさに今、この子の恋、始まっちゃったかもな。僕に。」だとか、「こっちのポニーテールの子と、あっちのポニーテールの子に同時にコクられたら、どうしようか?」といった、極めて純度の高い脳内ファンタジーが、突然高確率で始まってしまうのですが、それも致し方のないこと。そう、認めるしかない、認めざるをえないのです、ラピュタ王も恐れるポニーテールのその力を。ドーン!ついでにバルス!
、、、
、、、まあ、だからどうした、ということもないけどね。
ちなみに、子供の頃は、ツインテールフェチでした。シータの髪型ではなく、帰ってきたウルトラマンに出てた怪獣。
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