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2007年9月30日 (日)

小さな幸せ。

夏が終わり、突然の秋なのですね。

なんだか急に寒い。セミの声が無性に恋しくなる今日この頃。雨に降られ、駅前を自転車で通過する僕。こんな日は、駅前のロータリーに人もまばら。

そんな駅の外れ、人気のない広場に、半袖の白いTシャツ、薄ミドリ色の短パンをはいた白人が、ぽつんと一人で立っているのを見た。傘もささない彼。その虚ろな瞳は灰色の空を見上げ、自然にウェーブした金髪は雨に濡れて、べったりと額に貼り付いている。

きっと、どこか僕の知らない異国からやって来た彼は、ここで雨に濡れながら、大切な何か、もう失われてしまった何かを探しているのかもしれないな。

彼の探し物が何なのか、僕にはそれを知る由もないけれど、きっとそれは見つけにくいものであるのに違いない。人は誰でも幸せ探す旅人のようなものだから、希望の星に巡り会うまで彼も歩き続けるのだろう。
 

そんな彼の濡れたTシャツ、その背中には黒い字で、

「新撰組 誠」って。
 

彼に、”小さな幸せ”が見つかると良いと思った。

 

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2007年9月28日 (金)

満月と僕と野生の力と。

満月だ、ああ満月だ、満月だ、しね(ひだる、心の俳句より)。

理性と知性を合わせ持つ僕達人間も、一皮剥けば、所詮動物の一種類に過ぎない。どんなに着飾ってみても、どんなに取り繕ってみても、その心の中には野生の血が流れているのだ。

それは、夜空の明るさからなのか、はたまた肥大した重力の故なのか、満月の夜は妙に、目が冴えて困る。僕らがジャングルにいた頃の野生の血が騒いで困る。理性的には、明日の仕事のためにも今すぐ寝るべき、それは重々分かっているのに、なんだか寝つけない夜。まあ、たまにはこんな日もあるさ。本能と理性がぶつかるこんな満月の夜も。

まあ、寝つけない最大の原因は、隣の部屋から聞こえてくる、マゴウコトナキ野生のあの声なのだけどな。隣のカップルしね。

 

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2007年9月23日 (日)

対策と想定外。

「想定外でした。」

災害が起こるたびに、しばしば聞かれるこのフレーズ。起こった事故に対して、「これは人災じゃない。天災なんだ。予想外のことが起きたんだから、しょうがなかったんだ。」そんな言い訳を込めて多様されるこのフレーズ。

たしかに、僕達人間に予測できることなんてたかがしれていて、未来に何が起きるかは分からない。結果がすべて分かっているなら、そんな世界に何の価値があるのだろう。

もし、生まれた瞬間に既に人の運命があらかじめ決まっていて、「この子は、将来の内閣総理大臣。」「この子は、天才科学者で、この子は、25才でハリウッド映画の主演俳優になる。」「この子は、F1ドライバー。百年に一度の逸材だな。」「これ、ひきオタ。」「この子は、連続安打記録を更新するすごい野球選手。」

、、、はい、釈然としないですよね。

脱線したけど何を言いたいのかというと、つまり未来は決まっていないけれど、その一方で、それに対して備える姿勢は大切だろう、ということなのです。個人の人生設計のようなものから、国のレベルでの災害対策や、今後の地球の環境問題、日本の高齢化問題まで。

まあ個人のレベルなら、行き当たりばったりでも自己責任でいいのだろうけど、人が集まり集団が大きくなればなる程、そういったことが重要になってくる。予想できる範囲で未来を予想し、出来うる限りの対策を立てる。でも当然、未来の多くは不確定要素なわけだから、その対策と現実とにはずれが生じてくる。そんな時は、現実の変化を再び考慮して、対策を立て直す。

「戦いが始まるまで、そこに到るまでのプロセスで既に勝敗はあらかた決まっている。」という奴で、物事に対する策、つまり対策というのは、いざ事件が起きた時ではなく、あらかじめ立てておくことに大きな意味がある。なんといっても、人が他の動物と違うのは、この将来を予想して行動するという能力が優れている点なのだと思うのです。だって、サル山のサルとか、

「この動物園経営難らしいぜ。来年には、つぶれるかもって。」「まじ。やばくねー。最近客少ないもんな。なんかエサも最近すくねーし。」「これから、どうしようか。」「なんとか対策たてねーとな。」「そうだな。芸でも練習するか?」

とか有りえないわけですよ。奴らは、そんなこと考えて生きてない。

つまりは、未来に対して対策を立てるからこそ、人は人である。そう、誤解を恐れずに言うならば、「人が生きるということは、日々刻々と変化する現実に対して対策を立てることなのだ。」、ドーン!!

、、、

ふとそんなことを思った。

町内会の掲示板にマジックで書かれた文字を見ながら、そんなことを思った。

 
「カッパ対策」

、、、対策、重要。

 

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2007年9月20日 (木)

ドリームランド。

人生は小説みたいなもの、何が起きるかわからない。

というわけで、前回に続いて小説風に更新してみた。

=登場人物の紹介=
 
<マスター>
BARドリームランドのマスター。自分の本当にしたいこと、人に心から喜ばれること。一度きりの人生なのだから、自分が誇りに思えるような、そんな仕事がしたい。そう思い立って一念発起、40代で脱サラして現職に。本人は認めたがらないが、生粋のロマンティスト。 、、という設定だけど、実はリストラ組。性格は大雑把で、料理もカクテルもフィーリングで。「男ってのはいつまでたっても、子供みたいなもんさ。夢がないと生きられない。」が口癖。そういえば、最近ファジーって聞かないよな。

<僕>
僕。「ゼルダは深夜に帰宅してからやるので、マイクに向かって叫ばされるのはつらい。親方に怒られる。任天堂もそこのところは考えて欲しい。」が最近の口癖。
 

=これまでのあらすじ=

なし。
 

=本編=

夜の帳が街を覆い、ネオンサインが瞬き出す。残暑の生暖かい風が、じとじとと肌にまとわりつくようで、汗が噴出してくる。漂ってくる焼肉の匂い、へたくそな演歌。路地裏の生ゴミにたかる虫達。でも、そんなこの街の雰囲気、嫌いじゃない。

そんな繁華街の一角。地下に下りる階段があって、その横には、電球の切れかけた看板が申し訳程度に、置かれている。

『BARドリームランド』

ここがオレの店だ。都会に生きる大人達が、一夜の夢を求めて、はたまたその傷ついた翼を休める為に、今日もオレの店に集い、そして語り合う。ここはそんな都会のオアシス。

くそったれな機械文明と資本主義が発達したこの現代社会、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、人は傷つくことなしには生きられない。でも、傷ついた心を癒さなければ、人は前には進めない。

今宵も、そんな迷い人達がネオンの明かりに惹かれ、この街に集まってくる。互いの孤独を癒す為、つらい現実を忘れる為、快楽の為、理由はいろいろあるけれど、結局、互いの心の傷を舐め合い、そして酒を飲む。そんな人々の群れを、毎晩のように見ていると、時々思うんだ。オレ達人間も、結局、夜の光に群れる虫けらから、そんなに進化していないんじゃないか、、、ってさ。

 

 

 

マスター「客、こねえなあ。            、、閉めるか。」

 

この街の夜は、今日もこうして更けていくのでした。おしまい。

 

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2007年9月18日 (火)

高砂部屋と僕。

=登場人物の紹介=
 
<高砂親方>
アパートの僕の隣の部屋に住む。高砂親方似のあんこ型で、押し相撲には抜群の強さを発揮する。その反面、性格は意外と繊細な一面も。得意料理は、たぶんちゃんこ。ちなみに、オンナ(20代)。

<ヤサオトコ>
高砂親方の彼氏(30代前半)。すこし茶色に染めたサラサラヘアーが、チャームポイント。パスタとか作らしたらなかなかの腕前っぽい。

<マスター>
BARドリームランドのマスター。昔から高砂親方の良き理解者で、親方を実の娘の様に思っている。性格はわりと大雑把。カクテルとかはフィーリングで。

<朝青龍>
横綱。モンゴルで病気療養中。たぶん。

<僕>
僕。
 

=これまでのあらすじ=

ずっと空き部屋だった僕の隣に、突然越して来た高砂親方(女性)。引越しの時に見かけたその彼氏は、スラリとした男前のヤサオトコだった。僕の驚きをよそに、重そうな段ボール箱を高砂部屋(僕の隣の部屋)に、軽々と運び込むヤサオトコ。男らしく、しかもすごく爽やかだ。これは、あれか?でぶせんという奴なのだろうか?まあ、そんなことはどうでもいいよね、今日も今日とてゼルダを続ける僕なのだったが、、
 

=本編=

ドーン(柱につっぱりしたような音)。

突然に静寂は破られる。リンクとの大冒険から、強制的に現実世界に意識を引き戻される僕。一体、何が起こっているのだ?隣室より、それに続く叫び声。

「もう、出て行ってよ。」「うるせえなあ。」

(この声は親方、、それにヤサオトコ、あの爽やかなヤサオトコなのか?)

そんな僕の困惑をよそに、二人の言い争いはたちまちエスカレーション。

「いいから、早く出て行って。」「ぶっ殺すぞ、コラ。」「今すぐ、出て行け!」「ああ、出てってやるよ。こんなとこ。」

「キー!!」

バターン(ドアの閉まる音)。

ビエーン!!(号泣する高砂親方)

 

、、、隣の稽古、激しすぎる。

 

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2007年9月13日 (木)

ゼルダとDSと僕。

一般的に言えば今さらなのだろうけれど、『ゼルダの伝説無限の砂時計』がやりたいのでDS Liteを買いました。

やっぱゼルダの主人公ことリンクは、マリオと並んで僕の中では2大ゲームヒーローなわけで、是非おさえてはおきたいところ。しかも、DSのタッチペンを使ってリンクをどんな風に動かせるのか、これはもうやってみるしかないじゃないですか。たとえるなら、はじめてエロ雑誌を買った中学生がオナニーに初挑戦するぐらいやってみるしかない。まずはとりあえず挑戦だ。グラフィックはDSだからまあこんなもんかなあ、とも思うけれど、ゲームの面白さはグラフィックだけじゃない。なんといってもキャラクターに思い入れがあると、それだけでワクワク感が違うよね。

で、早速家に帰って、冒険の旅へ出発!!

友達を救う為に未知の大地へと冒険の旅にでるリンク、一方、いい年して一人、家で引きこもりの旅に出る僕。そのコントラストが素敵だよね。

早速プレーしてみると、十字キーじゃなくてペンで操作するところに、微妙な違和感はあるのだけれど、これはこれで面白いかも。すぐに思い通りに動かないところが、こちらのゲーム魂をくすぐる。ゼルダのようなビックタイトルにはクソゲーではないだろうという安心感があるから、たとえ最初にちょっとズレを感じても、それを修正するまでこちらもプレーするじゃない。これがもし、バンゲリングベイ2とか、一揆3とかだったら、あきらかに放り出してしまいそうなところだれど、ゼルダだからそんなことはない。だから、たぶん作る側でも思いきった作りにできるのだと思うし、慣れてしまえばその操作の妙が面白かったりするもんだ。などと思いながら遊んでいたのだけれど、、、

なんだかさ、なんだかへんなんだよね。

妙にリンクが生き生きとしている。生き生きとし過ぎている。

ゲームの主人公ってのは、現実には体験できないようなことを、僕らがゲームを通して体験する為のいわば分身みたいなもんだから、通常は、こちらの操作したとおりに動くコマとしての役割が求められるのだと思う。右のキーを押したら右に行く。左のキーを押したら左に行く、そんな忠実な人形。

だけど、DSのこのリンクはまるで違っていて、店に入ったら「僕が欲しいのはこれだ。」とばかりに自己主張して勝手にアイテムを買ってみたり、町の人に話しかけようとしても、「今はそれよりこちだ!」と反対方向に向いてみたり、剣を振ろうとしても「弱いものいじめ、かっこ悪い。」とばかりに微動だにしなかったり。

これには僕も驚愕した。まさに、そのコペルニクス的発想の転換に度肝を抜かれた。言うなれば、いままでのゲームの概念、単なる僕らの分身でしかないゲームの主人公という概念を越えて、これはまるでリンクが自らの意志を持って動いているかのようだ!その発想はなかった。すげー、すげーよ任天堂!!

、、

、、、

、、、、僕のDS、タッチパネルの接触不良の線も、、、

 

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2007年9月10日 (月)

新幹線と僕。

電車の床で、体育座り。

、、、

ほぼ1ヶ月ぶりで、電車に乗った。そうなのです。日本が世界に誇るスーパートレイン、新幹線に乗ったのですよ、僕は。羨ましがられるかもしれないけど、乗ってしまった。N700系ではないのだけれど、、、。

すごいと思うんだよね。開通以来、大きな事故を起こしたことがないというその安全性。高速でありながらも、几帳面過ぎる、窓際社員の勤務時間のごとき時間への正確さ。そして、揺れを最小限に抑えた、その快適な乗り心地。これらを世界最高レベルで、同時に実現しているところが、新幹線の凄みであり、日本人として誇りに思うよ、僕は。まさに、現在も進行形のプロジェクトXですよね。

で、

DS liteを買おうかなどうしようかな、色は何がいいかな?でも、買ってもはまる時間が今はないよな。でも、新幹線の中でやればいいか。なんと言っても、ファミっ子の僕としては、ゼルダには後ろ髪引かれるし、、。そうそう、ゼルダといえば、最初のファミコンのゼルダをプレーしてた時、ディスクシステムの作動中、リジェクトボタン押しやがった弟に覚えたのが、多分、人生最初の殺意という奴だったんだろうな。ポルスボイスとか懐かしいよな。2コンのマイクで叫ぶとやられるんだったよな、、、

などと僕が、ビックカメラで今年最大の葛藤を繰り返しているその間に、「もう雨が降りすぎちゃったから、ムリムリ。」と、まさにハメハメハ大王のような、そんな漢らしい程の、狂おしい程の潔さであっさりかつ毅然と新幹線停止。改札をくぐった僕が見たのは、ピタリと駅で停止した新幹線で。動かない新幹線なんて、、、

そこからがものすごく長い。このブログぐらいだらだらと長い。

延々ひたすらアナウンスが繰り返されて、

「間もなく、運行再開の予定です。」「しばらくお待ちください。」

間もなくってどういう意味だよと。まるで、TBSのスポーツ中継のように『間もなく』と『しばらく』に挟まれながら、込み合った新幹線の通路に体育座りした僕は、しょんぼりとブログを書くしかないのでした。ここ空いてると思ったら便所の横だもんな。でも、男らしく座ってやったね。地上で、エコノミークラス症候群とかなりかねない感じだった。

列車の運行について、僕に出来ることは何もなくて、ただただ座っているだけだけど、黙って座っているだけだと思ったら大間違いだぞ。そうだ、インターネットを通じて全世界に発信してやる。動かない新幹線など、ただの豚だと力強く発信してやるのだ。とりあえず、JRにこれだけは言っておきたい。言わずにはいられない。

横のデブが明らかに臭い。

トイレの横に座り込むような人々だから、僕の周りはちょっとアレな、あまりお洒落などに気を使わないような、フリーダムな人々のスーパーマーケットみたいになってはいるのだけれど、右のこの人は視覚だけじゃなくて、嗅覚を通じても僕に精神攻撃を仕掛けてくるからね。確実に異臭騒ぎみたいになっている。近所にとんこつが売りのラーメン屋があるんだけれど、そこのスープを作る寸胴の前みたいな匂いがする。新手の使徒ブタエルか、って思ったもん。動かないと豚どころか、こっちは動いても豚だ。

一方、ブタエルの逆側ではおばさんが足で追い立てるから、シャカシャカと黒い昆虫タイプの使徒、まあ分かりやすく言えば、一般的な名称で言うところのゴキブリがこちらにゴソゴソと寄り添って来る。だから、僕も足をシャカシャカと振る。

シャカシャカ、ゴソゴソ、シャカシャカ、ゴソゴソ、シャカシャカ、ゴソゴソ、

僕とおばさんの果てしない戦い。おばさんなかなかやるな。まったくゴキブリに動じてない。目線を向けずに足の動きだけで、ゴキブリをこちらに誘導してくるなんて!褒めてやるよ。僕をここまで苦しめたのは、あんたが始めてだよ。たぶんこの勝負、長い戦いになる。先に心が折れた方が負ける。そうだ、絶対に負けられない戦いがあるんだ。

、、って、全然休まらないんですけど。

僕はただただ体育座りをしながら、それでもたえずシャカシャカと足を揺らして震えているのでした。JRのみなさん、こんな悲劇を繰り返さない為にも、今後の車両開発においては、この辺りの問題も科学技術でなんとかして欲しいと思います。

っていうか、バルサンたけよ。後、デブエル離れろ。

 

結局、DS liteは買ってません。

そんなとこ。

  

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2007年9月 7日 (金)

ららららら。

山?富士? 、、、一体何のことですか?

トンとさっぱり。

夏も終わりですか、、そうですか。

 

久しぶりの更新ついでに、

これはまったくもって、僕の友人のことなのですけど、、、

久しぶりに女の子と映画に行ったら、それ以降連絡がつきません。

もう、帰り道でどこかの独裁国家に拉致されちゃったんじゃなかろうかと言う程に、まったく連絡がつかないのです、、酷いと思いませんか?映画についてあんなにいろいろと、熱く語ってあげたのに、、なんでだろ。

いえいえ、まったく僕のことではないですけどね、、ええ。勘違いしないで下さいよ。

 

、、、そうですか。逃げちゃダだめ?逃げちゃだめですか?

それとも、チョイスがダメですか?

、、、、

隣の部屋には、高砂親方(元朝潮関)みたいな女性が引っ越してきました。

もう秋ですよね。

  

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