人生の正解と僕。
人生に正解なんてない。
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僕らの生活は千差万別。生きるということは、様々な選択をすることだと思う。「今日のお昼ご飯は何にしようかな?」「このクール、ドラマは何を見ようかな?」なんて軽いものから、「将来、どんな職業になろうか?」「地球温暖化や環境問題の為に、僕は何をすべきなのだろうか?」「最近、周りの目が妙に厳しいんだけど、リストラされたらどうしようか?」「あの子から、メールの返事がまったく来ません。」「結婚できるのか?」なんてものまで。
多くの悩みがあり、それに対する僕らの選択がある。何もしないというのも一つの選択で、僕らは日々実に多くの選択と向かい合って生きているのだ。ちなみに、”家の洗濯機が脱水中に必ず仕事を放棄して止まる、結果洗濯物がびしょびしょだよ現象”に襲われても尚、僕が何もしていないのも、環境問題を考慮した僕の地球にやさしい洗濯の選択と言えるわけです。(注、洗濯と選択が掛かっている。)
だけれど、人生の諸問題の難しいところは、多くの場合、明確な正解がないということだ。
センター試験にマークシートのように、そこにはたった一つの正解があるわけじゃなくて、そもそも正解があるのかどうか、はたまたどんな選択肢があるのかすら分からない。だから、僕らは時に悩み、時に傷つき、でも自分なりの答えを探して前進するしかないんだ。
世間では勝ち組負け組なんてよく言うけれど、結局それはその時の人々の主観でしかないし、先のことは誰にも分からない。大事なのは、自分で考え選択するという行為で、その結果失敗したとしても、それは結果論にしか過ぎないのだ。現在はそれが結果でも、時が経てばそれは未来の原因になる。結局、今選択したこの一歩、その積み重ねが大切ということなんだよな。
かのベートーヴェンも、「行為の動機が重要であって結果は関係ない。精神生活が旺盛なら結果を考慮しないし、貧困と不幸は単に事柄の結果であるにすぎない。」とおっしゃられているそうで。久しぶりの更新で我ながらなかなかいいこと書いたね、うん。
でも、でもね、そうは言っても時には疲れ、翼の折れる時もあるじゃないですか。安易に正解を知りたくなることもある。そう、人間だもの。
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職場の微妙な知り合いに、コンビニのレジあった。
お互い顔は知っているけど、話すことはないぐらいの同僚。いつもなら気づかないフリをするところなのだけど、全然気づかずにレジの後についてしまったので、勇気を出して挨拶してみた。そうだ、この一歩踏み出す勇気。この選択が、未来へと繋がるのだ。
そしたら、なんかビクっとするの。一度目が合って、彼も明らかにこちらが分かったハズなのに、なんか違う方を向くの。真横から声をかけたのに、全然聞こえませんでしたみたいな反応をする。さすがにその無視は露骨過ぎないかなって思うのだけど、彼、まったくこっちを見てくれない。
で、でね、その前では着物姿のおばさんがこっちをじっと見てくるの。
誘うような目のなまめかしい表情に、おばさんの肩なんて完全にはだけちゃってて、胸も完全にポロリ。そんな熟女が、同僚の買い物カゴの中からこっちを見てくるの。
そんなわけでお願いです。職場の同僚が、熟女もののエロ本を3冊も買っているのに遭遇し、気づかないフリをされた場合の正解を、誰か教えて下さい。
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